「問屋無用論」なる議論

2011-06-20

わが国では、伝統的に「問屋無用論」なる議論が繰り返され、今なおそれがゾンビのように生きている。1960年代に提唱され始めたこの問屋無用論を簡単に言えば、巨大小売業が流通の主導権を握り、中間に位置する卸売業(問屋)が排除されるというものである。しかし実際にそうはならなかった。逆に卸売業は高度経済成長期を挟み、売上、企業数とも大幅に増加した。さらに近年では、たとえばメディセオ・パルタックホールディングス(医薬品)や国分(食品)などのように、すぐれた機能とシステムで武装する、売上1兆円超級の「メガ卸」がますます勢力を拡大している。問屋が廃れなかった理由の第1は、わが国の成長小売業が出店投資を最優先し、物流を含む中間流通を従来通り問屋に依存したこと。「置けば売れた」時代はその方がはるかに効率的だったからだ。そして第2は、小口当用買いを好み、また消費選択眼レベルの高いわが国では、問屋を有効活用する方が合理的・効率的で、結果的にコストダウンやより良い品揃えにつながるケースが多かったからである。しかし、逆にこうした「強い問屋」が、結果的にわが国小売業をスポイルした点も見逃せない。日本の小売企業は、欧米列強のグローバルな巨大企業に比べ、その規模や資本、収益面で格段に見劣りする。その要因として、大店法規制の存在などがよく指摘されるが、それよりもむしろ、「強大な卸売機能の発達」の方が大きかったのではないか。要はわが国の小売業は、強い卸売業に必要以上に依存してきた。だから欧米のような強大な小売業が育たなかったとの見方ができる。