ルイ・ヴィトンからオートクチュールまで

2011-06-16

ルイ・ヴィトンからオートクチュールまで「本物主義」以外に考えられなかった当時、このコンセプトを理解したブランドは一つとしてなかった。シャネルはオートクチュール協会のなかで孤立しつづけ、一九五八年、カムバックの四年後には遂に協会を脱会している。この起業家は他人より半世紀早すぎたのである。着物にはなぜブランドが存在しないのかいささか唐突かもしれないが、シャネルに極まるモダン・ラグジュアリーのコンセプトは、着物にはなぜブランドが存在しないのか、その理由を教えてくれる。シャネルはシャネルだから価値がある。ただのハンドバッグでも、そこにシャネルの名がつけばたちまち値段が途方もなく高くなる。この現象を支えているのは、「デザイナー・システム」である。価値を生みだすのは、デザイナーの名前(グリップ)であって、製品の品質ではない。もちろん品質は必要条件だが、十分条件ではない。日本の着物には長い職人生産の伝統がある。紬や友禅は、偽物がたくさんでまわる高級品であり、大量生産のきかない希少性もエルメスの場合と同じである。にもかかわらず、着物にブランドは存在しない。なぜだろうか。