中等・初等教育も英語に頼らざるを得ない

2011-08-26

最近のカタカナ英語は、欧米でも同じ語句が同じ意味で使われています。これをアカデミック・ジャーゴン(学術・専門用語)とかレジスターと言います。純粋な日本語を守ろうと主張する言語純粋主義者には耐えられない現象だと思います。純粋主義者は、外来語をすべて日本語に翻訳しようと頑張っているようですが、海外から次々と新しい外来語が入ってきてそんな悠長なことは言っていられないのが現実です。日本は西洋化され西洋の国々をしのぐ製品を作り、それらの国に製品を売ることによって経済が保たれています。それらの国ですぐさま製品が売れるように製品名を英語にして売ってきたのですから、英語の語句が日本語に入るのは当然です。そして日本社会においては英語がいつしか名声のある言語になり、英語とかカタカナで表記されていれば新しくて格好がよいと思うようになったのです。江戸時代には鎖国していましたから人や物の行き交いもなく、新しい概念や物が外国から入る余地はありませんでした。恐らく、江戸時代の日本語の語彙数では、近代学問はできなかったでしょうから、日本語は高等教育の媒体語として使えなかったでしょう。その代わりに、日本の大学では英語とか他のヨーロッパの言語で教育を受けることになっていたでしょう。アラビア語圏の国々の多くはそうです。高等教育は英語で行われているようです。シンガポールやマレーシアは言うまでもありません。ただしこれらの国では高等教育のみでなく中等・初等教育も英語に頼らざるを得ないのです。